学校日誌

インフォメーション 新年最初の流星群「しぶんぎ座流星群」 12/30

双子座流星群を見られたという声をたくさんいただきました。ありがとうございます。

ブログを見た東京の方から「東京でも5つ見つけた」と感想をいただきました。うれしく思います。中妻小の保護者の方も,わざわざ,三春ダムまで行って流れ星を探してくださったそうです。

 

大分前に紹介した,しぶんぎ座流星群について詳しく知りたいというリクエストがありましたので。

 

1月4日 しぶんぎ座流星群 

 

8月ペルセウス座流星群 12月双子座流星群と並ぶ,三大流星群の一つです。

ただし,月齢20の大分明るい月が邪魔していること,極大の時間が水平線に近いことから,見頃が夜中2~未明5時と若干観測しづらいです。北極星と天頂の中間より,やや東側(3時ごろ)北斗七星を見つけられると,その近くなので観測できます。1時間20個くらいと予想されます。早起きして真北の方角の4~5時の未明を狙うのが良さそうですね。

流星群の名前に使われている「しぶんぎ座」は、現在では存在しない「壁面四分儀(へきめんしぶんぎ)座」という星座に由来します。現在の星座で言うと「うしかい座」と「りゅう座」のあたりです。

うしかい座もりゅう座も星座としては,見つけにくい星座なので「北斗七星のしっぽの方」と覚えると,見つけやすいと思います。

「北斗七星からうしかい座アークトゥルス(春のオレンジ色の一等星、春を代表する赤色巨星)さらに乙女座のスピカまで」を「春の大曲線」といいます。北斗七星のしっぽのカーブを乙女座のスピカまでつなぐ曲線です。

 

しぶんぎ座はもともとフランスの天文学者ラランドが1795年に見つけた星座で,彼が見つけたときに使用したしぶんぎという機器の名前からつけられました。

1922年に国際天文学連合が選定した88の星座からは外され、しぶんぎ座が設定されていた領域は周辺にあった, うしかい座やりゅう座などの一部になりました。現在は「ろくぶんぎ座」「はちぶんぎ座」はありますが,しぶんぎ座はありません。

 

四分儀(しぶんぎ)と聞くとあまり,ピンと来ませんが,江戸時代,正確な日本地図を作った伊能忠敬の使用した「象限儀(しょうげんぎ)」の事です。

今から200年前、伊能忠敬は、詳しい日本地図を作りました。彼の地図は、今の地図と比べてもあまり変わらない位に正確なものでしたが、 その地図作りの秘密兵器が、この象限儀だったのです。

伊能忠敬は,弟子たちと日本中を歩いて,実測し日本地図を作ったと言われていますが,実は,この象限儀を用いて天体の南中高度から緯度を知り,正確な日本地図を作りました。

 夜空に輝く天体は、時間と共に東から西へと動いています(日周運動)。 その天体が子午線を通過(南中)する時の高度は、観測する地点の緯度によってかわります。その原理を知っていた伊能忠敬は、全国を測量した時、夜になると象限儀を使って北極星の高さを測り、その土地での緯度を決めていたのです。(水星のブログの際に、説明した北極星の仰角がほぼその地点の緯度に近いということがそれにあたります。)
 こうして、伊能忠敬は、とても正確な地図を作ることが出来たのです。

 

1月4日は中妻小学校の仕事始めの日です。しかし,あまりたくさんの流星は見られないので,過度に期待をしないで待ちたいと思います。東京はなおさら難しいでしょう。天気も重要です!

※ 星みつけようよ!しろまる・くろすけも見つけたいようです。