校長室からお届けします

校長室だより「自立の丘」№54 令和7年3月19日発行

2025年3月24日 09時16分

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◆ 卒業式まで2日

 6年生7名の巣立ちの時まで、あと二日となりました。別れは辛いですが、大空に飛び立つ若鳥を見送るように祝いたいと思います。

                 卒業式をみんなで創ろう

  卒業式が近づくと、私は忘れられない、ある卒業式を決まって思い出します。その学校の60名の6年生は、3月のはじめから何度も『別れの言葉』を練習して、卒業式当日を迎えました。でも実は、その小学校では卒業式の1週間前からインフルエンザが流行っていました。各学年で毎日何人かがインフルエンザで学校を休んでいましたが、6年生だけは当日まで全員が休まず登校し、「さすが6年生だね。卒業式を控えていると違うね」などと他の学年の先生方にほめて頂いていました。でも、実際は卒業式があるのでインフルエンザに負けないぞと必死に頑張っていたのかも知れません。卒業式当日も6年生だけは全員が登校しました。

 いよいよ卒業式が始まりました。卒業証書授与が終わり、ご来賓の方々のお祝いの言葉も終わり、残るは6年生の『別れの言葉』だけです。立派な『別れの言葉』が始まり、広い体育館に心のこもった言葉が響きます。『別れの言葉』が中盤頃にさしかかると、立っている6年生のある一人が具合が悪くなったのかイスに腰かけてうつむいています。学校でインフルエンザが流行っていましたから、インフルエンザかも知れません。保健の先生が静かにだけど素早く、その子に近づくとその子の様子を見てから保健室で休ませるために連れ出していきました。6年担任である私は、ハッとしました。その子の『別れの言葉』の担当箇所がまだだったからです。

 『別れの言葉』が途中で止まってしまう! と心配になりました。「ああ、もうすぐさっき連れ出された慎吾君のところだ。しかも、とても大切な言葉だ。ああ、もうだめだ。」気をつけのまま6年生たちと一緒に立っている私は、どうすることも出来ませんでした。

 次の瞬間です。慎吾君の隣の席の徹君が担任の先生である私を見ています。何となくその目が「先生、任せてよ。」と言っているような気がしたので、私はコクっと小さくうなずきました。すると徹君はニコッとして再び前を向いて『別れの言葉』に加わっていきました。そして、すぐに徹君の担当の箇所がやってきました。すると、慎吾君に任せた大切な言葉を徹君が慎吾君と同じように心のこもった大きな声で体育館に響かせてくれました。やがて、慎吾君がいないのに、何事もなかったかのように『別れの言葉』は立派に終わりました。練習を通して友達の担当の言葉も覚えてしまっていて、自分で判断して具合が悪くなって保健室に連れ出された慎吾君の代わりにやり遂げてくれたのです。

 卒業式をはじめとして、行事などの本番では何が起こるか分かりません。本番で何が起きても大丈夫なように、考えておくことが大事なのですね。言われた通りにするだけじゃダメで、どうすれば良いのか、その時その時に自分で考えることが出来ると良いのです。みんなで協力して、最高の卒業式を創りあげましょう。本番で、うまくいかないことがあっても、よく考えてやり直していけば、きっと大丈夫。最後には最高の卒業式となるんです。